資格取得時期が誤っていた事例

第3 問題点
1 平6改正法附則第6条は、昭和61年4月1日前に初診日がある場合、当時の公的年金制度においては、その障害年金を受給するためには、初診日の属する月前に公的年金制度の被保険者期間が一定期間(厚生年金保険の場合6月)以上あることが必要であったため、大学等を卒業して就職し日を置かずに発生した傷病に起因して障害の状態になったときなどには、当該障害年金を受給できないということが生じたので、それを是正するために定められたものである。
 平6改正法附則第6条は、特例障害基礎年金の受給要件を以下のように定めている。
 まず、対象となる障害の原因となった傷病(その傷病が他の傷病によって生じた場合は当該他の傷病)の初診日(傷病につき初めて医師の診療を受けた日。以下、単に「初診日」という。)が昭和36年4月1日から同61年3月31日までの間にあること(以下、この要件を「初診日要件」という。)が必要であるとともに、当該初診日において、国民年金、厚生年金保険等の被保険者又は共済組合の組合員でなければならない(以下、この要件を「被保険者要件」という。)。
 次に、初診日の前日において、当該初診日の属する月の前々月までの国民年金の被保険者期間(他の法令の規定により国民年金の被保険者であったとみなされた期間に係るもの及び国民年金法等の一部を改正する法律(昭和60年法律第34号。以下「60年改正法」という。)附則第8条第2項の規定により国民年金の被保険者期間とみなされた期間に係るものを含む。)があり、かつ、当該被保険者期間に係る60年改正法附則第8条第1項に規定する旧保険料納付済期間(同条第2項の規定により保険料納付済期間とみなされた期間を含む。)と同条第1項の規定する旧保険料免除期間とを合算した期間が当該被保険者期間の3分の2以上でなければならない(以下、この要件を「保険料納付要件」という。)。
 特例障害基礎年金は、平6改正法附則第6条の施行日(平成6年11月9日)において国民年金法施行令(以下「国年令」という。)別表に定める障害等級に該当する程度の障害の状態にあるとき、又は、施行日の翌日から65歳に達する日の前日までの間において障害等級に該当する程度の障害の状態に至ったときに、支給されることとなっている(以下、この要件を「障害程度要件」という。)
 さらに、特例障害基礎年金は救済のため特例的に支給されるものであるから、その傷病による障害について障害基礎年金又は国民年金法第5条第1項に規定する被用者年金各法に基づく障害を支給事由とする年金たる給付その他の政令で定める年金たる給付の受給権を有していたことがないことが必要である。なお特例障害基礎年金は、受給権者に一定額以上の所得があるときは、支給停止される。
1 前記審査資料及び公開審理期日における保険者代表の陳述によれば、以下の各事実を認定することができる。
(1) 請求人は、昭和47年4月3日にC大学経済学部経済学科に入学し、同51年3月25日に同学科を卒業した。請求人はその後、同年4月1日に○○市農業協同組合(以下「○○農協」という。)に就職したと申し立てるところ、資料3によれば、当時施行されていた農林漁業団体職員共済組合法(以下「旧農林共済組合法」という。)に基づく組合員資格は、同年10月1日に取得したことになっている。しかしながら、政府管掌健康保険の記録によれば、同人は昭和51年4月1日にその資格を取得している。これについて、農林漁業団体職員共済組合(以下「共済組合」という。)は、農業協同組合に採用された者であっても、過去において見習い期間中は共済組合の組合員資格を与えないという取扱いをしていたと、申述している(資料1ないし3及び同7)。
(2) なお、公開審理期日において保険者代表は、○○農協が請求人を昭和51年4月1日付で共済組合の組合員としなかったことは旧農林共済組合法に反した取扱いであり、遡って是正することは可能であるが、一方、掛金の徴収権は時効が完成して消滅しているのであるから、そうであるからと言って、同人が保険料納付要件を満たすことにならない、と陳述した。
(3) 請求人は、昭和51年11月18日、D病院で迷入智歯摘出手術を施行されたが、その際の医療事故によって、無酸素脳症に陥り、当該傷病となった。
2 前記認定された事実に基づき、本件の問題点を検討し、判断する。
(1) 旧農林共済組合法第14条第1項の規定により、農林漁業団体(○○農協は、農業協同組合法の規定に基づき設立されているので、これに当たる。同法第1条第1項参照)に使用される者は、常時勤務に服しない者、臨時に使用される者及び船員保険の被保険者を除き、すべて共済組合の組合員とするとされていた。試用期間中の者といえども組合員から排除される謂れはないので、請求人は、本来、同51年4月1日に組合員資格を取得すべき者であった。
(2) 前記第3の1の保険料納付要件に係る60年改正法附則第8条第2項の規定により、昭和36年4月1日から同61年3月31日までの間の厚生年金保険の被保険者期間(厚生年金保険制度及び農林漁業団体職員共済組合制度の統合を図るための農林漁業団体職員共済組合法等を廃止する等の法律(平成13年法律第101号。以下「農林統合法」という。)附則第6条の規定により旧農林共済組合員期間を含む。)は保険料納付済期間とみなされるので、請求人が昭和51年4月1日に共済組合の組合員資格を取得したと認められるのであれば、同人は初診日の属する月の前々月(昭和51年9月)までの前記第3の1による国民年金の被保険者期間(同51年4月から同年9月。以下、この期間を「当該期間」という。)がすべて保険料納付済期間となることから、保険料納付要件が満たされることになる。
(3) もちろん、政府が保険者である厚生年金保険においては、適用事業所の事業主が資格取得の届出を怠り、当該事業所に使用される者もそれを承知していて、ともに保険料納付義務を免れるといったことがあり得るので、このような場合に安易に遡及して被保険者資格の取得を認めることは、逆選択を蔓延させ、保険システムを大いに損なう恐れがあるので、抑制的にならざるを得ない。
(4) また旧農林共済組合法第18条第5項は、「掛金を徴収する権利が時効(注:2年間)によって消滅したときは、当該掛金に係る組合員又は任意継続組合員であった期間は、給付の基礎となるべき期間に参入しない」としているが、そのただし書で、組合員又は組合員であった者から組合員資格の確認の請求があった後に時効消滅した場合は、「この限りでない」とされている。
 保険者が請求人に対して特例障害基礎年金を支給しないとした、前記1の(2)の論理は明晰さに欠けるところがあるが、当該期間に係る掛金徴収権は時効完成で消滅しているので、上記規定が援用され、同期間は組合員期間と認めることはできず、その結果、旧農林共済組合員期間とならなかった当該期間は保険料納付済期間と認められない、というものであると推認できる。
 しかし、このような保険者の論理は、以下の点で認めがたい。
(5) 第一に、本件の場合、請求人は大学卒業後直ちに○○農協に就職したが、同農協が試用期間中の同人に対する共済組合の組合員資格取得時期を誤ったのであるから、同人がそれを奇貨として掛金逃れをしようとしたという特段の事情があれば格別、同人に対する逆選択の批判は当たらない。第二に、厚生年金保険の場合は国が保険者であるが、共済組合は国又は地方公共団体でないので会計法の規定は適用されず、旧農林共済組合法第18条第5項の規定があるわけであるが、そのただし書は、組合員等から組合員資格の確認請求があった後に時効消滅した場合は、掛金徴収権が時効消滅した場合でも、その期間を組合員期間としそれを基礎に給付を行うことを認めている。本件の場合、請求人は、当該期間に係る掛金徴収権の時効期間が到来する前に当該傷病により昏睡状態に陥ってしまったという特別な事情がある。第三に、共済組合は、法的には、○○農協等の農林漁業団体(事業主)及びその職員(組合員)とは別個の法主体であるが、職員の福利厚生のため事業主が集まって設立されたという実質があり、厚生年金保険のような三面構造ではなく、保険者と事業主が実質的には一体となった二面構造となっている側面が否定できない。そのような事情の下で、農林統合法によって共済組合を統合した保険者が、○○農協(事業主)が誤った取扱いをしたことを棚に上げ、当該期間に係る掛金徴収権の時効消滅を主張して同期間を組合員期間と認めないことは、許されないと考えられる。行政法の分野においても信義則の適用があるものと解されているところ、そのような取扱いは、信義誠実の原則(クリーンハンドの原則)からしても、許されないことである。